御祭神


 鳥居をくぐって少し歩くと右側に下右図に示す曼荼羅が表示されている。この曼荼羅が当社の境内案内図となっている。中央に描かれているのが「熊野十二所権現」と呼ばれる神々、右下に描かれているのが当社固有の神「樟大権現」です。
また、本殿裏の鬱蒼とした自然の中には「熊野九十九王子」と呼ばれる神々が祭られてお
り(京の熊野古道)、その中の五王子が曼荼羅上部に描かれている。

熊野十二所権現と樟大権現


社名

御祭神

本地仏

本殿

@熊野牟須美大神(イザナミ命)

千手観音

上之社

A速玉之男大神(イザナギ命)

薬師如来

B熊野家津御子大神(スサノヲ命)

阿弥陀如来

中之社

C忍穂耳命

地蔵菩薩

D瓊々杵尊

龍樹菩薩

E彦火火出見尊

如意輪観音

F鵜葺草葺不合命

聖観音

若宮社

G天照大神

十一面観音

下之社

H稚産霊命(穀物・養蚕の神)

釈迦如来

I軻遇突智命(火の神)

文殊菩薩

普賢菩薩

J埴山姫命(土の神)

毘沙門天

K弥都波能売命(水の神)

不動明王

樟社

L樟大権現

樟龍弁財天


 本殿に祭られているのが熊野牟須美大神(くまのむすびのおおかみ)、この神を日本神話では伊弉冉尊(いざなみのみこと)と称している。牟須美(むすび)とは生成・育成を意味する古代語で「生す(むす)+秘(ぴ)」の二語が合成された言葉です。つまり、熊野牟須美大神とは、熊野に鎮座し「誕生や死」といった、この世に存在するあらゆる生命の根源を司っている神という意味で、熊野那智大社の主祭神です。
 上之社(かみのやしろ)には速玉之男大神(はやたまのをのおおかみ)と熊野家津御子大神(くまのけつみこのおおかみ)が祭られており、日本神話では速玉之男大神を伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、熊野家津御子大神を素盞嗚尊(すさのをのみこと)と称している。熊野速玉大社の主祭神は熊野牟須美大神と速玉之男大神、熊野本宮大社の主祭神は熊野家津御子大神、家津とは食物という意味です。
 本殿脇の若宮社には皇祖天照大神(あまてらすおおみかみ)が、中之社には天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)・瓊々杵尊(ににぎのみこと)・彦穂々出見尊(ひこほほでみのみこと)・鵜茅草葺不合尊(うかやふきあえずのみこと)が祭られており、この神々は天照大神から神武天皇に至る4代の神々です。この内、瓊々杵尊は「天孫降臨神話」の天孫に当たる神、彦穂々出見尊は「海幸彦・山幸彦神話」の山幸彦に当たる神です。
 また、下之社には穀物と養蚕の神「稚産霊命(わくむすびのみこと)」、火の神「軻遇突智命(かぐつちのみこと)」、土の神「埴山姫命(はにやまひめのみこと)」、水の「彌都波能売命(みづはめのみこと)」が祭られている。この四柱の神は熊野牟須美大神から化成(分身)した神々で、自然の恵みを象徴する神々です。






熊野本宮八葉曼荼羅



 神は姿形がありません。従って、神を描こうとすれば仏で代替するしかないのです。仏を拝むことは神を拝むことであり、神を拝むことは仏を拝むことでもある。日本人にこの信仰があるから、仏で以って神の世界を描くことができるのです。しかし、姿形のある神もいます。それは「神のお使い」と呼ばれる神々で、熊野では八咫烏が有名ですが、五体王子(藤代王子・切目王子・稲葉根王子・滝尻王子・発心門王子)を始めとする熊野九十九王子がこれに当たり、この神々は仏と対で描くことができます。
 熊野本宮八葉曼荼羅(下右)の上段には「役行者と八大童子」、つまり修験道の世界が、中段には熊野の中心の神々が「仏の姿」で、下段には五体王子を始めとする王子達が描かれています。ちなみに、八葉とは「蓮の花」という意味です。
また、仏を梵字で表す場合もあります。これを梵字曼荼羅と言い、八葉の諸仏・諸菩薩を梵字に置き換えたのが下左の梵字曼荼羅です。


熊野曼荼羅



 この曼荼羅は熊野本宮八葉曼荼羅を基に描いたもので、ここに当社の考える神の世界が描かれている。まず、四角の外枠が結界(けっかい)を意味しており、その内側が当社の境内です。結界とは、ここから内は「神の世界」と云う意味で、その「神の世界」を九のブロックに分け、空中に浮かせているのは、神が空間を超えて存在していることを、ブロック間に隙間を設けているのは、前から覗けば永遠の過去が、後ろから覗けば永久の未来が見通せる。つまり、この曼荼羅で「神が時空を超えた存在」であることを示しているのです。

熊野稲葉根王子と荼枳尼天



 稲葉根王子は、稲荷神とも稲荷神の姿をした金剛童子とも言われています。稲荷神は東寺の守護神で伏見稲荷大社の御祭神です。東寺の守護神とは土地の神、稲荷を背負っていることから豊饒を約束する神というのが本来の意味ですが、現在では豊饒転じて商売繁盛の神として信仰されています。
荼枳尼天は自由自在の通力を有し、六ヶ月前に人の死を知り、死ぬまでその人を加護する仏と言われています。ここから人の生死を司り、人の持つ生命力を象徴する仏とされてきた。荼枳尼天の真言(おん だきに ぎゃちぎゃかねい そわか。おん きりかく そわか)を唱えることで、延命長寿と旺盛な生命力が約束される。


発心門王子と梵天 滝尻王子と帝釈天


 発心門とは仏法の入り口という意味。滝尻王子は熊野の入り口に鎮座する神です。発心門王子は人々を熊野信仰の世界に導く案内人、滝尻王子は聖域熊野の入口を守護する神と言い換えれば解り易いだろう。ここから発心門王子は心の迷いを吹き飛ばし、一念発起を促す神。滝尻王子は家庭や家族を守る神とされている。
梵天はプラフマーの、帝釈天はインドラの中国訳で、どちらもヒンドゥー教の神です。仏教ではヒンドゥー教の神々を仏・菩薩に対して「天」と呼び、仏法を守護する神と位置付けているが、その中でも梵天と帝釈天は仏教の二大護法善神とされている。プラフマーはヴィシュヌ・シヴァと並ぶヒンドゥー教の最高神で宇宙の創造神。インドラは雷を操る雷神で、阿修羅と戦ったことから武勇の神としても崇められている。


八咫烏



 八咫烏(やたがらす)は日本神話に登場する三本足の烏で、神武天皇を樫原宮に導いた熊野の神の化身と言われている。三本足の由来については諸説あるが、三本足鳥伝説は世界各地にあり、太陽信仰と結び付けて「幸運を運ぶ鳥」というところに、その共通点がある。
日本サッカー協会が八咫烏をシンボルマークにしたのは、神武天皇を樫原宮に導いたように、ジャパンをワールドカップに導き、優勝させていただきたいという願いが込められているのです。八咫烏は神武天皇を樫原宮に導いたことから、目標達成の神、勝利をもたらす神とされている。また、熊野では「身代わりお烏さん」といって、我が身に代わって不幸や災難を引き受けてくれる烏神とも言われている。


文覚荒行(平家物語卷五)



 文覚上人は高雄の神護寺を再興した高僧で、俗名を遠藤盛遠と言う。故あって19歳で出家し、那智の滝での荒行は現在でも語り草となっている。あまりの荒行に息絶えた文覚を再び蘇がえらせたのが不動明王の脇士、矜羯羅童子(こんからどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)で、不動明王の御守護を得た文覚は、その後も全国の霊地で修行を重ね、やがては祈祷で飛ぶ鳥も落とするほどの「刃の修験者」と飛ばれるようになった。


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